昨日、今年の「食と命の教室」が終了しました。
まだ寒い2月からミニトマトの種を蒔き、小さく育った苗を鉢替えし、それを畑に植え、田んぼの季節を過ごし、暑い夏の中で草を取り、秋の収穫の季節を迎え、長雨を乗り越え、寒い冬にまたやってきたわけです。
高柳さんの言う「昔の日本人は1年を1つの単位として暮らしていたんだよ。今の人みたいに1週間単位で日曜日は休む、というのは無かったんだ」という事を少しでも体験してもらえたらと思います。
寒い冬から始まり、季節は巡ってまた寒い11月の稲ワラ納豆作りで今年1年が締めとなりました。
そんな今年最後の教室は、人気の「稲ワラ納豆作り」がメインですが、その前に、午前中はまずは年明けに出荷するサニーレタスの苗をみんなで植えました。
15人でやると1時間も経たずハウスの半分ぐらいの苗植えが出来ました。
まあ、植え方にはちょこっと問題があるのしろ、やはり農業は人手ですね~。
そしてお昼はいつものお母さんのご飯
肉魚はほぼ出ず、お野菜だけですが、毎回みんな「美味しい~」と言ってお腹いっぱい食べます。
ある方は「ここに来て、ホームパーティーというか、家に人を呼んでご飯を出すのが気楽に出来るようになりました」と言います。
それは「昔は人を呼ぶとなったら、色々メニューを考えなくては、と思っていたのですが、普通に自分が食べているものを、そのときにあるものを出せば良いんだ、とわかったからです」と言います。
また、率直に「野菜が美味しいと思えるようになりました」とか、「そのことで、野菜が自然に食卓に沢山のぼるようになって、便通が良くなりました」という方も。
食事は当たり前のことですが、健康や命を支える物。
しかし、肉食中心、加工食品中心の生活をしている人が、食生活を変えるのはそう簡単ではありません。
それが、月に1回ですが、野菜だけでこれほど多数の料理があり、それがこれだけ美味しい、という事を体験したことで、大きく変わったと聞くと、お母さんの献立はこの教室で有り難い存在だな~と思うわけです
そして今回はデザートも
無類の柿好きの高柳さんが持ってきたのは「はちや柿」。
渋柿なので、渋を抜くか、あるいはあんぽ柿のように干し柿にするか、完熟させて食べる柿です。
そして、高柳さんは完熟してとろけるようにしたのをスプーンで食べるのが、大好きなのです
「今年は成り過ぎたので大きさは少し小さいんだけどな」とおっしゃっていましたが、十分な大きさですよね~。
高柳さん自ら包丁で切って全員に分けてくれました
いつも1日1個、奥様と半分こずつして食べているそうです
本人も本当に美味しそうに食べるんです
参加者も「うちのおばあちゃんも、1日1個、大事そうに食べていたのを思い出しました」という感想も。
その後、なんとスイカも出てきました
十分甘かったのですが、遅めにハウスで作ったのを冷蔵庫に保管していたそうです。
こんな時期に食べたのも初めてでした
さて、午後はいよいよ待望の稲わら納豆作り
薪でコトコト煮た高柳さんが育てた小糸在来を煮て、無農薬栽培の稲わらを手で編んで「つと」という容器を作り、その「つと」に煮豆を入れる、という作業です。
わらは「わらすぐり」と言って、葉っぱや余計なゴミを取り、なるべく茎だけにします。
ちなみに、このすぐって出たゴミのようなわらを「すぐりわら」と言いますが、これで「わら布団」を作り、昔はそこで冬を越したそうです。
「50㎝ぐらいの厚さになるんだが、気持ちよかったぞ。お天道様の匂いがするんだ」とのこと。
高柳さんのお話だと、そんな布団も1ヶ月でペちゃんになるそうで「まあ、春までの今でいうマットだな」。
さて、わらをすぐってほぼ茎だけにした後、濡らしたり叩いたりして柔らかくした「編みわら」を縦に、乾いたわらは横にして編んでいくのです。
昨年参加したメンバーはさすが上手
まあ、誰もが1回目は上手に出来ませんが、コツをつかむと、これはもう素養として器用か不器用かの差が顕著に出てくるんですね
終わった後、すぐりワラを焼いてたき火。「最近、たき火も出来ないから久々です」とみんなも大喜びです
そして活動が終わった後は、最後の締めとして1年の振り返りをしました。
今年は参加人数が多かったのですが、2月にスタートした頃はまだそれほど広がっていなかったコロナが急激に広がりました。
しかし、逆にとても今年はまとまりも良く、締めの今回が感動的ですらあったその一因はコロナかもしれません。
1年間の感想で、「コロナで人と離れた生活になった中で、逆にそんなことは関係無いように受け入れてくれるこの教室の存在は有り難かったし、ここで人に会えるということは支えでした」という方が多かったのです。
2月~3月は、コロナが急拡大したところで、例えばおかげさま農場の若手農家や私はマスク必着でした。
しかし、高柳さんを初めとした大御所はみんなマスク無し。
「騒ぎすぎだよな」「もしこれでコロナで逝ったらそれまでだな」という達観ぶりです。
最初は「大御所こそマスクしなくちゃいけないのにね」と若手では言い合っていたのですが、その大御所達の姿に触れ感化され続けた結果、「確かに、騒ぎすぎかもな」と思うようになりました。
この教室も最初はマスク必着で、また1回は「休校」にしました。
しかし、高柳さんの「コロナ騒ぎがありますが、人は昔からウイルスと生きてきたわけです。共存してそれに耐えるべく免疫を獲得してきたのです」という当たり前の話を聞き続け、また、農村ということで人とほとんど触れる時間は無い生活は結局は昨年以前と変わらないので、お店に入るときはマスクをしますが、そうじゃない時はマスクはしなくなりました。
そして教室でもスタートはマスクをしているのですが、結局、昼ぐらいには暑くてむしろ熱中症になる危険もあり「自己判断」という事にした結果、みんなマスクは自然にしなくなりました。
普段の生活では農薬や地球環境の事をまじめに語ると、変な人に思われてしまう。
これと同様に、コロナは騒ぎすぎだ、と言うと、変な人と思われてしまうのが今の日本社会です。
そういった事があるからこそ、「この教室は有り難かった」という思いが、例年以上にみなさんの心に生まれたのでしょう
もちろん、「都市部生活はやはり限界がある」という思いが募っていて「いつかやっぱり農村に拠点を置きたい」という思いを改めて強くされた方もいましたが、これもコロナが一因ですね。
私が原発によって「自分の事ばかりだった生き方」を猛省し、「子孫に胸を張れる生き方」にシフトしようとしたように、このコロナで大きな変化をした方が多いと思います。
原発は衝撃的でしたから、農業や食べ物に関わる人は大きなインパクトがあったかと思いますが、全体への衝撃はむしろ自身や津波の方が大きかったかもしれません。
今回のコロナは、原発のような衝撃では無く、じわりじわりと生活が真綿で絞め殺されていくような災害ですから、インパクトの大きさというより、広く全体に生き方の変更を迫る存在なのかもしれません。
結果的に、コロナの方が原発よりも大きな変化を生み出すのかもしれませんね。
この教室でも、コロナだからこそ自然に則した生き方、自給&自立的生き方、在野の哲人の高柳さんの生き方に学ぶ事は今まで以上にインパクトがあったと思います。
また、率直に「野菜の美味しさを知って、食卓が変わった」「なんだか花粉症も治まった」とか「便通が良くなった」という人も。
昨年に続き、今年も別の方ですが女子大学生が参加しましたが、「社会の色んなことに疑問を持つようになった事は成長でした」と言い、また、「高柳さんのように根付く生き方」について私が語ったことで「あの話に影響を受けたんです」と30代にして世田谷暮らしから実家のある富山に帰ると決めた女性もいました。
いずれにしろみなさん、「ここは居心地が良い場所で、温かい雰囲気で迎えてくれて感謝してます」と言ってくれて、こちらも良かったな~と思います
この教室は高柳さんがほとんどしゃべるので、私は場をホールドするのが仕事なのですが、毎年、学びが深くなります
やはり師匠という存在がいること、そして師匠とは常に離れない事で学びがどんどん深まります。
自分の生活に目を向けず外部の情報に反応し、「あっちでウロウロ、こっちでウロウロ」する人が多い気がしますが、結局、そういった生き方は「根」が無いので、育ちません。
私が11年前に「生きることとは、生活することそのもなんだ」と鴨川で気づき、その後、東城先生や高柳さんから学び続けていますが、「生活」は「積み重ね」なので、頭で情報を得ても、結局、生き方は何も変わらないんですよね。
だから、常に学び続ける事で、常に深め続ける事で積み重なる。
人生は時にむなしい事がありますが、生活を積み重ねて行くことで深く楽しくなっていくものですね。
今、家庭菜園やDIYがブームですが、その底辺にあるのは、結局は「何でも与えられてしまう物質的には豊かだけで心が満たされない近代社会の生活」に対し、「自分で作り出す喜び」、つまり「生活を自分の手で作ること」の一環だからだと思います。
そういったことを流行もそうですが、先祖代々、続いてきた日本人の「自然に感謝し、自分で出来る事は自分で全部行う」といった事をやっている最後の生き残りの高柳さんに触れる事は、本当に今の時代、ますます価値が高まっていると思います。
まあ、そんなことで、ほんと、今年も良い教室でした
そして高柳さんとのご縁が出来る場をこれからも提供し続けていきたいと思います
来年度の「食と命の教室」、2月13日(土)からスタートしますので、ご関心がある方は、是非、ホームページをのぞいてみて下さいね